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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)6488号 判決 1970年9月08日

原告 神田産業株式会社破産管財人 小林宏也

被告 大松建設株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は「被告は原告に対し、金四九二、七二七円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因を次のとおり述べた。

1  訴外神田産業株式会社は、昭和四二年二月一五日に手形の不渡りを出して倒産し、同年四月二七日債権者である訴外株式会社日電広告社外六名から破産宣告の申立があり、同年六月一三日に東京地方裁判所で破産宣告を受け原告がその破産管財人に選任された。

2  被告は建築業を目的とする株式会社であるところ、昭和四二年四月一日に被告が神田産業株式会社に対して有する請負工事代金債権等金三、六九九、〇二六円の弁済を受けるため、右訴外会社が株式会社協和銀行(亀戸支店)に対して有する定期預金三、四七九、二二七円につき東京地方裁判所から債権差押命令(昭和四二年(ル)第一三八三号)を、更に同月一三日に債権転付命令(昭和四二年(ヲ)第一八四四号)を得て、第三債務者である右訴外銀行から同年五月四日に金四九二、七二七円の弁済を受けた。

3  被告はその当時神田産業株式会社が支払停止の状態にあつたことを知つていた。

4  よつて、原告は被告の右執行行為に基く債務弁済を否認し、被告が訴外銀行から弁済を受けた金四九二、七二七円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告は主文同旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

1  原告主張の請求原因第1項記載の事実中、神田産業株式会社が昭和四二年六月一三日に破産宣告を受け、原告がその管財人に選任されたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同第2項記載の事実は認める。

3  同第3項記載の事実は否認する。

4  否認権は破産宣告のときから二年以内に訴または訴訟上の抗弁によつて行使しなければ、時効によつて消滅するのに、原告は本件訴を破産宣告がなされてから二年を経過した後に提起しているから被告は右時効を援用する。

三、原告は被告主張の抗弁に対し再抗弁として次のとおり述べた。

1  被告は昭和四三年一〇月ころ、原告が本件請求にかかる金員の返還を要求したところ、その債務があることを承諾した。

2  かりに右事実が認められないとしても、被告訴訟代理人は昭和四三年一一月ころから原告に示談の申入れをしておきながら、その約定に反して漫然月日を遷延したため原告の本件訴提起が遅れたのであるから(否認権が形成権であつて権利行使の期間の伸長が認められなかつたとしても)、否認権の消滅を主張することは信義則に反するものであつて許されない。

四、被告は原告の再抗弁に対し次のとおり述べた。

1  原告主張の再抗弁第1項記載の事実は否認する。

2  否認権は形成権として時効中断の規定が適用されて、催告、承認などによつてその行使の期間が延長されることはなく、法定の期間の経過によつて消滅するものであるから原告の主張は理由がない。

(証拠)<省略>

理由

一、神田産業株式会社が昭和四二年六月一三日に東京地方裁判所で破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたことおよび、原告主張の請求原因第2項記載の事実は当事者間に争いがなく、また原告が本件訴を提起したのが昭和四四年六月一四日であることは本件記録上明らかなところである。

二、そこで被告主張の抗弁について判断する。

否認権は破産法上の形成権であつて、その行使の方法は訴または訴訟上の抗弁によらなければならず、裁判外の行使は否認の効果を生じないのであつて、かりに訴訟外で否認権を行使した結果と同一の契約が成立したとしてもそれは否認権の行使そのものではなく、これには否認権の時効を中断する効果はないものと解さなければならない。そうして、否認権は時効(正確には除斥時間の経過)によつて消滅するが、これを中断させる方法はなく(否認の訴を提起しあるいは抗弁を提出することは否認権の行使それ自体であつて時効中断の事由ではない)、法定の存続期間内にこれを行使しなければならないのであつて、前記のとおり破産宣告の日から二年を経過した後になされた本件訴の提起は否認の効果を生じないものといわなければならず、これと異る原告の主張は採用の限りでない。

三、また原告の主張する信義則違反の主張については、かりに原告と被告訴訟代理人との間に示談の交渉がなされたとしても、これが原告の否認権行使の妨げとなるとは解し難い。

四、以上説示のとおり原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 定塚孝司)

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